(コンピュータの)互換性が世の中を作ってきた。。

By 岡田 - Posted: 2013/09/23 Last updated: 2013/09/23 - Leave a Comment
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私が27年もの間、関わってきたHITACコンピュータのオペレーティングシステム(VOS3)は、今更言わなくてもご存知でと思いますが、IBM(MVS)互換です

このMVS互換という事、現在ではOSの根幹部分の互換であるため、例えばIBMのMVSのOSで作ったJCLをそのままHITACのVOS3で実行できるかと言うと、それは出来ません。
今の時代、OSの機能だけでJCLを作り利用者の要望を果たす事には無理があります。必ず各社が独自に作ったPP(プリケーション)が介入します。

でも、独自OSだけではなかなか広まらなかったと思います。
MVS互換を出した富士通さんも日立も、、


コンピュータの互換性について、、
これは、昔コンピュータの歴史を特集番組として放送していた内容を記憶している事です。

1975年、NECが「PC?8000」を発売する際、組み込むOSを独自OSにするか、マイクロソフト社のOSを採用するか議論されたそうです。

独自OSの方が処理速度が早かったそうですが、最終判断としてはマイクロソフト社のOSを採用して、そのOSをベースとしてN?BASICが組み込まれました

NECは処理速度よりも、互換性(多くの人に使ってもらう事)を優先した現れと思いました

人が何か製品を作ったら、その製品を多くの人に使っていただきたいと願うのは製作者の思いです。
特に、コンピュータの場合、現代以上に互換の密度が濃かったから、互換OSを使うか否かは死活問題に繋がったと思っています


この放送はもう20年以上前の事だと思いますが、そんな古い記憶が消えなかったのは中学の頃から、パソコン(SHARPのMZシリーズ、富士通のFM?7など)でゲームをしていていて、PC?8000も触れた機会があったために記憶として今世に残ってきたのだと思います


逆に独自路線を進んだ固めに、廃れたパソコン、コンピュータ機器もたくさん目の当たりにしてきました。その一つをご紹介します
HHC(ハンドヘルドコンピュータ)という分野があったのです。

ズバリ、携帯できるコンピュータでした

NECのPC?8201とか、エプソンのHC?20も所有していました
精密なコンピュータを持ち歩いているという気持ちだけで、心が高揚していたのを覚えています

しかし、いずれのコンピュータも他社との互換性に乏しく、廃れてしまいました

私は昔からコンピュータの携帯性について個人的に重要視していたかもしれません


現在、コンピュータの世界は互換性で広まっています。
「自分が、自分が、、」ではなくて、「みんなと一緒に」が必要だと思います。

でも、広まりが出てくると、別の問題が出てきます。
その一つが、ウィルスなどのセキュリティ問題です

コンピュータ自体、人が作りものです。その時代時代に応じて適切な対策をして新しい道を切り開くと、次の対策をしていけば良いと思います。

人の思いがある以上、広まりを食い止める事はできませんし、それに対抗するウィルスも無くなりません
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