メインフレームに関わってきた私が「風立ちぬ」に思うこと

By 岡田 - Posted: 2013/09/15 Last updated: 2013/09/15 - 4 Comments
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すみません。今回はスピリチュアルなお話を、、

私は、高校卒業と同時に東京の大手コンピュータ会社に入社して、以後多くのサイトのコンピュータの改修、保全作業に従事してきました

私たちはサイト(顧客)の希望を実現させるために作業をして、その対価として給金をもらいます。

そこには、作業をすることでサイトに提供する成果物があってのことで、この成果物は私が丹精込めて自分の思いを注ぐことができるものと考えてきました

その思いが、映画「風立ちぬ」の堀越二郎の思いと合致した感覚を今年の春頃から(CMを見始めてから)感じています
映画の詳細は長くなるので割愛します

今日、風立ちぬを映画館で一人で見てきました、先月に続いて二回目です。
前回は妻と一緒だったのです。でもこの時、妻は途中で眠ってしまったので、今回は私だけ、、
今までに同じ映画を二回も見たいなんて思ったことはありませんでした

DVDであとから見るのもいいでしょうが、私は大画面で、同じ映画を見たいと思う同じ志を持った人たちと一緒に見て、皆で涙したりすることに意味があり、その経験は生涯自分の脳裏に焼き付いてくれると思っています

今日の映画で私は昨日以上に物作りに対する情熱を注げるようになったと思っています

メインフレームには多くの人たちがたくさんの仕事で関わります。
システムを計画する人から、ハードウェア構成を検討する人、システムを構築する人、オペレーターとして運用を支える人まで、、

私も27年のコンピュータ生活の中でたくさんの人と関わってきました

その礎があっての今の自分です

この思いをこれからも、この場所で発表して、みなさんの心に届いて少しでもメインフレームを通じてより良い生活に結び付けられることを願っています


最後に、、
オペレーターも成果物があることを忘れてはならないと思います
作業報告書や日報に「問題なし」や「異常なし」という四文字を書くために作業をしていることを、、
その四文字を得るために情熱を捧げることができたら、いつか自分にとって良い道が開けると、私がオペレーターだったら信じます
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4 Responses to “メインフレームに関わってきた私が「風立ちぬ」に思うこと”

Comment from 野良猫
Time 2013年9月15日 at 23:11

> オペレーターも成果物があることを忘れてはならないと思います
作業報告書や日報に「問題なし」や「異常なし」という四文字を書くために作業をしていることを、、
> その四文字を得るために情熱を捧げることができたら、いつか自分にとって良い道が開けると、私がオペレーターだったら信じます

自分もその通りだと思います。
今のオペさんは、いろいろ規制が多くて大変だと思いますが、最後に目指しているのは同じだと思います。

Comment from okada
Time 2013年9月15日 at 23:42

昨年、私が失業していた時、幾つかのオペレータの求職に応募して面接を受けました。

実名は伏せますが、オペレーターと言っても、結局はトラブルが発生した時に、管理部署に報告(エスカレーション)するだけのスイッチでしかなかったのです。

問題に自分で対策を考えたり、対応するのは契約違反だそうです。自分が考え、行動できない業務が果たして仕事と呼べるのだろうかと思いました。
人権侵害とも思ってくるほどです

そこの会社は離職率が三割を超えているそうです。でも、残り七割は生計のために離職すらできない、、

今の時代、リソースやメッセージ監視なんて少し手を加えれば可能になっているのに、オペレーターという言葉に騙されて最低の仕事をさせられている要員がコンピューター業界にいることに私は悲しい思いしています

システムの障害監視、リソース監視を自動化させて、オペレーターはもっと有意義に働ける場所にシフトすべきです

そうしないと、雇われていた人たちから恨みをかって、犯罪が起こらないかと心配しています

今、経営者や管理職をされている上層部は、日本人は優しいから大丈夫と思うでしょうが、みなさんが思っている以上に世の中は変わっています。それは技術の進歩だけでなくて、人の心の暖かさも同時に奪っているのです。みなさんが教わった道徳は通じないと思った方がいいです

Comment from 野良猫
Time 2013年9月16日 at 18:46

> 問題に自分で対策を考えたり、対応するのは契約違反だそうです。自分が考え、行動できない業務が果たして仕事と呼べるのだろうかと思いました。

今、このような契約形態とっているところが多いですネ。
はっきり言って、自分もこのような契約はおかしいと思います。

障害を発見しても、何もせずに管理部署に連絡をするだけでしたら、記事にありましたが、システムで何とかできると思います。

しかし、他に仕事が無いからと言って、このような状況でも契約を結んでいるのが現状なんでしょうネ。同じ業界人として何とかしたいです。

Comment from okada
Time 2013年9月16日 at 21:30

野良猫さん

コメントありがとうございます

世の中の仕事を2つに大別できるとすれば、体働力と脳働力に分かれると思うのです

体働力・・・体を動かして稼ぐ仕事
脳働力・・・主に脳を動かして稼ぐ仕事

上記の違いは”成果物”です


私は社会人としての時間、上記の両方の仕事を経験しました。正社員だったり、派遣だったり、、

脳働力の給金は成果物によって得られるのが殆どですが、体働力については就業時間だったり、時給だったり、時間での給金です

コンピュータ業界において、営業は別として、システムを作ったり、プログラムを作ったりする人は成果物が企画書だったりプログラム自体だったりしますので、脳働力と分類できると思います。
しかし、オペレータのような職種や私が現在従事している派遣労働(コンピュータ保守)においては成果物ではなくて、時給や就業時間です。体働力のジャンルに入ると思っています

それから、体働力で稼ぐ人と脳働力の人との絶対的違いとして、”人との関わり”があります

体働力で稼ぐ人は働いた事により何らかのサービスが発生してそれを相手に提供する事で、不特定の相手の笑顔を得られる
私の場合、苦しい労働であっても、自分が施した時間で相手から笑顔を得られると、”頑張ろう”という気持ちになれたものでした

ところが、コンピュータ業界の体働力で稼ぐ人は相手がコンピュータだったり特定の相手(上司など)との接点しか無いので笑顔を得ても”頑張ろう”と思えないのです。

コンピュータ自体は”人間の指示どおりに動く機械”です。保守が完遂したからと言って、”ありがとう”を笑顔を降ってくれるコンピュータなんてありえないし、笑顔をもらったとしても”人間が指示した”と思えるからまったく嬉しくもありません


何らかの方法で体働力と人との関わり、そして脳働力の関係を数値化して、その数値にあった賃金体制を確立できないかと思うところです

ヨーロッパなどでは同じ仕事をしていたら、同じ賃金です。

しかし日本はダブルスタンダードです(同じ仕事なのに正社員と派遣とで賃金に格差がある)

私に宿っている魂はこのダブルスタンダードが許されることではないと思っているのを自分自身が感じて、昨年、(派遣社員が居た)正社員の立場を捨てたのです。

現在、派遣社員として正社員に比べて半分の単価で働いていますが、まったく苦に思っていません